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成人した子と同居する高齢親への地域包括支援:8050問題の長期化と親亡き後を見据えたアプローチ

Tags: 8050問題, 地域包括支援, 親亡き後, 家族支援, 多機関連携

成人した子と同居する高齢親への支援:複合化する課題と地域包括支援の役割

現代社会において、成人した子どもが親と同居を続けるケースは少なくありません。その背景には、子の経済的な不安定さ、非正規雇用、無業、あるいは病気、障害、精神的な課題など多様な要因が存在します。特に、親が高齢化し、かつ成人した子が上記のような課題を抱えている場合、家族は経済、介護、健康、将来への不安など、複合的な困難に直面することが増えています。

かつて「ひきこもり」や「不登校」といった特定の課題に焦点を当てた議論がなされてきましたが、現在では、課題が長期化し、親世代も80代、子世代も50代に達する「8050問題」として社会的に認識されています。さらに深刻なのは、この問題が長期化することで親世代の高齢化が進み、近い将来に避けられない「親亡き後」の課題が現実味を帯びている点です。

地域包括支援センターには、高齢者の支援を核としながらも、このように複合的な課題を抱える家族全体を支援する視点が求められています。本稿では、成人した子どもと同居する高齢親が直面する具体的な課題、そしてそれに対する地域包括支援センターの役割と実践的なアプローチについて考察します。

複合化する課題の構造と背景

成人した子どもと同居する高齢親が抱える課題は単一ではなく、相互に関連し合いながら複雑化していく傾向が見られます。

1. 経済的課題

親の年金収入に依存しているケースが多く、子の無業や不安定な就労状況により、家族全体の経済基盤が脆弱になります。子の年齢が上がるにつれて、親の収入も減少し、生活困窮のリスクが高まります。

2. 介護・健康課題

親の高齢化に伴い、介護が必要となるリスクが高まります。成人した子に介護負担が集中する可能性がありますが、子自身が健康問題を抱えていたり、社会的に孤立していたりする場合、適切な介護が困難になることがあります。親子の健康状態の悪化が相互に影響し合うことも少なくありません。

3. 親亡き後課題

親が亡くなった後、成人した子が一人で生活していけるかという根本的な問題に直面します。住居、収入、財産管理、日常生活、社会との繋がりなど、生活全般にわたる基盤が脆弱な場合、子の生存そのものが危ぶまれる事態に陥る可能性があります。

4. 家族内の孤立と社会からの孤立

家族が抱える課題が外から見えにくく、家族内で抱え込んでしまいがちです。これにより、親も子も地域社会から孤立し、必要な支援につながりにくくなるという悪循環が生じます。

これらの課題は、子の障害(身体、精神、発達)、長期的なひきこもり、病気など、家族の多様な背景によって、さらに複雑な様相を呈します。

地域包括支援センターに求められる支援の視点と実践

このような複合的な課題に対し、地域包括支援センターは高齢者支援の専門性と地域におけるネットワークを活かし、以下のような多角的なアプローチを実践することが重要です。

1. 包括的アセスメントと早期発見

表面的な課題だけでなく、家族構成員の状況、関係性、経済状況、健康状態、社会との繋がり、そして将来への不安といった家族全体の状況を包括的に把握するアセスメントが不可欠です。定期的な見守りや相談業務の中で、潜在的なリスクや課題を早期に察知する感度を高める必要があります。

2. 家族全体のウェルビーイング向上を目指す

支援の対象を高齢の親だけでなく、同居する成人した子、そして家族全体と捉える視点が重要です。子の社会参加や自立に向けた支援(就労、福祉サービスの利用など)は、親の安心に繋がり、家族全体の負担軽減に寄与します。

3. 多様な関係機関との連携強化

課題が複合的であるため、単一の機関だけでは対応は困難です。 * 経済的課題: 生活困窮者自立支援機関、ハローワーク等。 * 健康・医療課題: 医療機関、精神保健福祉センター等。 * 障害課題: 障害者基幹相談支援センター、障害福祉サービス事業所等。 * 就労・社会参加: 就労移行支援事業所、地域若者サポートステーション等。 * 親亡き後: 弁護士会、司法書士会、社会福祉協議会(成年後見事業)、行政の担当部署等。 地域包括支援センターは、これらの機関との連携を密にし、家族が必要とする支援を包括的にコーディネートする役割を担います。

4. 「親亡き後」を見据えた計画的な支援

親亡き後のリスクを共有し、子が安心して暮らせるための準備を親と一緒に考える機会を持つことが重要です。成年後見制度、任意後見制度、家族信託、遺言といった制度の活用について情報提供を行い、必要に応じて弁護士や司法書士といった専門家への橋渡しを行います。このプロセスはデリケートであるため、家族の意思を尊重し、時間をかけて丁寧に進める必要があります。

5. 相談につながりにくい家族へのアプローチ

地域から孤立している家族や、支援の必要性を認識していない家族に対しては、訪問などによるアウトリーチが必要となる場合があります。民生委員や地域のボランティアとの連携、地域住民からの情報提供なども重要な手がかりとなります。

今後の展望

成人した子どもと同居する高齢親への支援は、今後さらに増加し、複雑化していくと予測されます。「8050問題」から「9060問題」へと移行する可能性も指摘されており、親の超高齢化に伴う子の介護負担や、親亡き後の期間が長期化するリスクも考慮する必要があります。

地域包括支援センターは、高齢者福祉の専門性を活かしつつ、成人期の子どもが抱える多様な課題、そして「親亡き後」という避けて通れない将来を見据えた、より包括的かつ長期的な視点での支援が求められています。家族の多様なあり方を理解し、個別のニーズに応じた柔軟な支援を提供することが、多様な家族が安心して暮らせる地域社会の実現に向けた重要な一歩となります。関係機関との更なる連携強化と、地域資源を最大限に活用する視点が、今後の支援の質を高める鍵となるでしょう。