ビジネスケアラーがいる家族への地域包括支援:仕事と介護の両立を支える多角的なアプローチ
はじめに:見えにくい存在としてのビジネスケアラー
地域包括支援センターでは、高齢者やその家族の多様なニーズへの対応が日常業務となっています。近年、特に注目されている課題の一つに「ビジネスケアラー」への支援があります。ビジネスケアラーとは、働きながら家族の介護を行っている人々を指します。団塊の世代が後期高齢者となり、その子ども世代(主に現役世代)が親の介護を担うケースが増加していることから、ビジネスケアラーの数は今後も増加が見込まれています。
内閣府の高齢社会白書(令和4年版)などによると、働きながら介護をしている人の数は約365万人にのぼると推計されています。彼らは仕事と介護の両立に日々葛藤しており、地域包括支援センターの支援対象となりうる高齢者の子どもや配偶者等であるにもかかわらず、多忙さから相談機関にアクセスする時間や精神的な余裕がないことも少なくありません。結果として、彼らの抱える困難が見過ごされがちとなり、介護離職や心身の不調、経済的な困窮といった深刻な状況を招く可能性も高まっています。
本稿では、ビジネスケアラーがいる家族への地域包括支援に焦点を当て、彼らが直面する課題、地域包括支援センターに求められる視点と具体的なアプローチについて考察します。地域における支援専門職の皆様が、日々の業務の中でビジネスケアラーとその家族を適切に把握し、必要な支援につなげるための一助となれば幸いです。
ビジネスケアラーが直面する複合的な課題
ビジネスケアラーは、多岐にわたる複雑な課題に直面しています。これらの課題は、単に時間的な制約にとどまらず、経済的、精神的、社会的な側面にも及びます。
- 仕事と介護の両立困難: 介護に時間や体力が奪われることで、業務効率の低下、残業・出張の制限、キャリアの中断・変更、最悪の場合には介護離職に至るケースがあります。厚生労働省の調査によると、令和3年には年間約8万人以上の人が介護・看護を理由に離職しています。
- 経済的負担: 介護サービスの利用料、医療費、交通費、介護用品費など、介護には様々な費用がかかります。仕事の調整による収入減も相まって、経済的な不安が増大します。
- 精神的ストレスと孤立: 介護による身体的疲労に加え、将来への不安、親や兄弟との関係性の悪化、職場での理解不足などから、精神的なストレスを抱えやすくなります。相談相手がおらず、孤立感を深めることも少なくありません。
- 情報収集の困難: 多忙なため、介護保険制度や利用できる社会資源に関する情報を十分に収集・理解する時間が取れない現状があります。必要なサービスにたどり着けない「情報難民」となるケースも見受けられます。
- 親や家族との関係性の変化: 介護を通じて親との関係性が変化したり、兄弟姉妹間での役割分担や介護方針を巡る意見の対立が生じたりすることもあります。
- キャリア形成への影響: 介護期間が長期化することで、自身のキャリアプランを見直さざるを得なくなるなど、長期的なキャリア形成に影響を及ぼします。
これらの課題は相互に関連しあっており、一つの問題が解決しても、他の問題が浮上するといった連鎖が生じやすい構造になっています。
地域包括支援センターに求められるアプローチ
ビジネスケアラーとその家族への支援において、地域包括支援センターは重要な役割を担います。多忙なビジネスケアラーに寄り添い、彼らのニーズを的確に把握し、利用可能な社会資源や制度につなぐための多角的なアプローチが求められます。
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潜在的なビジネスケアラーの発見・把握:
- 高齢者本人へのアセスメントや相談の中で、同居・非同居を問わず、働く子どもや配偶者の状況について丁寧に聞き取る視点が重要です。
- ケアマネジャー、医療機関、民生委員、地域住民など、日頃から高齢者やその家族と関わる関係機関との情報共有を密に行うことで、ビジネスケアラーの存在に早期に気づくことが可能になります。
- 企業の福利厚生担当部署や産業保健スタッフとの連携も有効な手段の一つです。
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多忙なビジネスケアラーへの相談支援の工夫:
- 来所型の相談だけでなく、電話相談、オンライン相談、短い時間での相談受付など、時間や場所の制約があるビジネスケアラーがアクセスしやすい相談方法を提供することを検討します。
- 夜間や週末に相談会を実施したり、企業の理解を得て事業所内での出張相談会を企画したりすることも考えられます。
- ウェブサイトやSNS、リーフレットなど、多様な媒体を活用して情報発信を行い、必要な情報にアクセスしやすい環境を整備します。
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仕事と介護の両立に向けた情報提供と制度活用支援:
- 介護休業制度、介護休暇制度、短時間勤務制度など、仕事と介護の両立を支援する企業の制度や法制度(育児・介護休業法等)に関する正確な情報を提供します。
- 企業の担当部署や産業保健スタッフへの相談を促したり、必要に応じてハローワークや両立支援窓口等の専門機関につないだりします。
- ケアプラン作成において、介護サービス利用時間や曜日、緊急時の対応などを検討する際に、ビジネスケアラーの就労状況や企業の制度利用状況を十分に考慮します。
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ケアラー自身のニーズへのアセスメントと支援:
- 高齢者本人のケアニーズだけでなく、ビジネスケアラー自身の抱える心身の疲労、精神的ストレス、経済的な不安、学習ニーズ、孤立感など、ケアラーとしてのニーズを丁寧にアセスメントします。
- 必要に応じて、ケアラー向けの相談窓口、家族会、ピアサポートグループ、心理専門職等につなぎます。
- 介護技術に関する研修や情報提供を行い、介護負担の軽減を図ることも有効です。
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多機関連携と地域資源の活用:
- 医療、介護、障害、雇用、労働、教育など、関係機関との連携を強化し、多角的な視点での支援を行います。
- 地域にあるNPO、市民活動団体、ボランティア団体など、多様な地域資源を把握し、ビジネスケアラーやその家族のニーズに合わせて適切に活用・つなぎます。例えば、地域住民による短時間の見守りや外出支援などが有効な場合があります。
- 地域住民に対し、ビジネスケアラーに関する理解を深めるための啓発活動を行うことも、地域全体で支える環境づくりにつながります。
実践事例と今後の展望
地域によっては、ビジネスケアラーに特化した相談窓口の設置、企業と連携した介護セミナーの開催、オンラインを活用した情報提供プラットフォームの構築など、先進的な取り組みが行われています。これらの事例からは、ビジネスケアラーという特定の対象層のニーズに合わせた柔軟な発想と、多分野との連携の重要性が示唆されます。
ビジネスケアラー支援は、高齢者本人だけでなく、現役世代の生活安定とキャリア継続を支えることで、社会全体の活力を維持し、地域共生社会の実現にも貢献する重要な課題です。地域包括支援センターは、この課題に対し、既存の枠組みにとらわれず、積極的に多角的なアプローチを模索していく必要があります。
結論
ビジネスケアラーは増加の一途をたどり、仕事と介護の両立という困難な課題に直面しています。彼らの抱える問題は複合的であり、見過ごされやすい性質を持っています。
地域包括支援センターの社会福祉士をはじめとする支援専門職には、高齢者本人への支援と同時に、その背後にある家族、特にビジネスケアラーの存在に目を向け、彼らの声にならないニーズを拾い上げる感度が求められています。多忙な彼らに寄り添うための相談支援の工夫、仕事と介護の両立に向けた制度活用支援、ケアラー自身のニーズへのアセスメントと支援、そして多機関連携と地域資源の最大限の活用が、ビジネスケアラーがいる家族への効果的な支援には不可欠です。
本稿が、皆様のビジネスケアラーへの理解を深め、日々の実践において新たな視点や具体的なアプローチを検討する機会となれば幸いです。地域におけるビジネスケアラー支援は緒に就いたばかりであり、今後も継続的な調査研究と、現場での試行錯誤を通じて、より効果的な支援モデルを確立していくことが期待されます。