地域コミュニティの「当たり前」を問い直す:多様な家族を包摂する地域包括支援の視点
はじめに:地域社会における「当たり前」と多様な家族
地域包括支援センターは、高齢者やその家族、さらには地域に暮らす多様な人々への包括的な支援を担う拠点として、地域の実情に根差した活動を展開しています。日々の業務において、様々な家族形態や価値観を持つ方々と向き合う中で、その方々が地域社会の中で直面する課題や困難に触れる機会は多いかと存じます。
特に、地域固有の文化や慣習が根強く残る地域では、そこで長年培われてきた「当たり前」とされる規範や人間関係のあり方が、地域に暮らす多様な家族の生活に影響を与えることがあります。この「当たり前」は、時に地域住民間の強い絆や相互扶助の精神を生み出す一方で、特定の家族にとっては息苦しさや疎外感、情報へのアクセスの困難さにつながる場合もあります。
本稿では、地域固有の文化や慣習が多様な家族の暮らしやすさに与える影響を考察し、地域包括支援センターの社会福祉士として、こうした状況にある家族を包摂し、適切な支援を提供するための視点や実践について考えます。
地域固有の文化・慣習が多様な家族に与える影響
地域社会には、歴史的に形成されてきた独自の文化、慣習、人間関係のネットワークが存在します。これらは、地域の祭りや伝統行事、自治会活動、隣組、地域の「顔役」と呼ばれる人々による informal なルールなどに現れます。こうした地域特性は、以下のような形で多様な家族に影響を与え得ます。
ポジティブな側面
- 相互扶助の基盤: 困ったときに助け合える地域のネットワークが存在し、特に高齢者や子育て家庭にとって物理的・精神的な支えとなることがあります。
- 地域への愛着と帰属意識: 地域の伝統や行事への参加を通じて、地域の一員としての意識が醸成され、安心感につながります。
- 情報共有の円滑化: 地域内の緊密な人間関係を通じて、生活に必要な情報(ゴミ出しルール、避難場所、地域のイベントなど)が自然に共有されやすい場合があります。
課題となる側面
- 同調圧力とプライバシー侵害: 地域固有の規範や価値観(例:「嫁はこうあるべき」「男の子を産むべき」「お祭りは絶対に参加すべき」など)から逸脱することへの暗黙の圧力や、過剰な詮索、噂話などが家族の精神的な負担となることがあります。特に、ひとり親家庭、性的少数者のいる家族、特定の価値観を持つ家族、地域外からの移住者などが直面しやすい課題です。
- 既存のネットワークからの排除: 地域の慣習や人間関係になじめない、あるいは意図的に距離を置く家族は、地域の情報や支援から孤立しやすくなります。自治会活動への参加が前提となっている情報伝達方法なども、排除の要因となり得ます。
- 多様なニーズへの無理解: 地域の「当たり前」が強固であるほど、従来の家族像や生活スタイルから外れる人々への理解が進みにくく、偏見やスティグマを生み出す可能性があります。これは、障害や疾病を抱える家族、外国人住民とその家族、経済的に困窮している家族などが、必要な支援を求めにくい状況につながります。
- 制度利用への障壁: 公的な福祉サービスや制度を利用すること自体が、地域内で「恥ずかしいこと」「周りに知られたくないこと」と見なされる慣習がある場合、支援が必要な家族がサービスから遠ざかってしまうことがあります。
地域包括支援センターに求められる視点と実践
地域固有の文化や慣習が持つ二面性を理解した上で、地域包括支援センターは多様な家族を包摂するためのより丁寧なアプローチが求められます。社会福祉士としては、以下の視点や実践が重要になると考えられます。
1. 地域文化・慣習への理解と批判的検討
単に地域文化を尊重するだけでなく、その文化や慣習が特定の家族にとってどのような影響を与えているのかを、批判的な視点を持って観察・分析することが必要です。地域の「当たり前」を、個別の家族の状況に照らし合わせて問い直し、それがウェルビーイングを阻害していないか、支援へのアクセスを妨げていないかを見極める姿勢が求められます。
2. 多角的なアセスメントの深化
家族の構成、経済状況、健康状態といった基本的な情報に加え、以下の点に留意したアセスメントが重要です。
- 地域との関係性: 家族は地域コミュニティとどのような関わりを持っているか。ポジティブな関係か、孤立しているか、あるいは緊張関係にあるか。
- 地域文化に対する家族の感じ方: 地域固有の慣習や人間関係について、家族はどのように感じているか。居心地が良いと感じているか、それとも負担やプレッシャーを感じているか。
- 地域の非公式なネットワーク: 地域の「顔役」やキーパーソン、近所付き合いなど、非公式なネットワークの中でどのような位置づけにあるか。
- 情報アクセス経路: 生活に必要な情報(地域の回覧板、口コミ、SNSなど)にアクセスできているか。
3. 個別のニーズに基づいた支援計画と柔軟な対応
地域全体の共通ニーズだけでなく、地域文化との関係性の中で生じる個別の家族の具体的な困難(例:地域の行事参加へのプレッシャー、近所からの過剰な干渉、制度利用への周囲の目に対する懸念など)を丁寧に聞き取り、それに対応した支援計画を策定します。必ずしも地域の既存ネットワークへの参加を強制するのではなく、家族の意向を尊重し、必要に応じて地域からの介入に対してバッファとなる役割も担います。
4. 地域住民との対話と啓発
地域住民との信頼関係を基盤としつつ、多様な家族の存在や、それぞれの暮らしのあり方について、住民が共に考える機会を設けることも有効です。研修会や懇談会などを通じて、無自覚な偏見や慣習の見直しを促す働きかけは、長期的な視点での地域全体の包容性向上につながります。ただし、地域の状況や関係性、センターのリソースを考慮し、慎重に進める必要があります。
5. 多機関・多職種連携の強化
地域の実情に詳しい民生委員、自治会役員、地域のNPO、福祉以外の分野(例:教育、労働、文化団体)、あるいは移住支援団体など、多様な関係者とのネットワークを構築・維持することが重要です。地域の公式・非公式な情報源を活用し、連携を通じて多角的な視点から家族への支援を検討します。
結論:地域に根差した包容的な支援を目指して
地域包括支援センターが目指す「地域共生社会」とは、誰もが孤立することなく、自分らしい生活を送ることができる社会です。そのためには、地域の strengths(強み)である相互扶助や絆を活かしつつ、同時に地域固有の文化や慣習が持つ課題にも目を向け、それが多様な家族の生活を妨げることがないよう、意識的に問い直し、改善していく努力が必要です。
社会福祉士は、個別の家族への支援を通じて、地域社会の構造的な課題にも気づき、地域住民と共に、より開かれた、多様な家族を包摂できる地域コミュニティを育んでいく役割を担っています。日々の実践の中で、地域の「当たり前」を問い直し、柔軟な視点を持つことが、多様な家族のウェルビーイング向上に繋がるものと考えます。