地域における非血縁の「家族」:高齢者等のウェルビーイング向上と地域包括支援の役割
はじめに:多様化する「家族」と支援の課題
地域包括支援センターの業務において、「家族」の存在は支援を考える上で非常に重要です。しかしながら、核家族化の進行、単身世帯の増加、地域とのつながりの希薄化など、社会構造の変化に伴い、血縁に基づく「家族」のあり方は多様化し、その機能も変化しています。高齢期において、頼れる血縁者がいない、あるいは関係性が希薄であるといった状況に直面する方も少なくありません。
このような背景から、血縁関係にはない地域住民同士の助け合いや、特定の活動を通じた仲間とのつながりが、血縁家族に代わる、あるいはそれを補完する「新しい家族」のような機能を果たし、個人のウェルビーイングを支える可能性が注目されています。本稿では、地域における非血縁の繋がりが高齢者等にもたらす可能性に焦点を当て、地域包括支援センターがこれらの繋がりをどのように捉え、支援に活かしていくべきかについて考察します。
地域における非血縁の繋がりの現状とウェルビーイングへの寄与
近年、地域において様々な形態の非血縁の繋がりが見られます。これらは、町内会や自治会活動、NPOやボランティア団体による地域住民支援活動、共同居住(シェアハウスなど)、ケア付き高齢者住宅内のコミュニティ、地域の交流拠点(コミュニティカフェ、サロンなど)、趣味や学習のサークル活動など、多岐にわたります。
これらの非血縁の繋がりは、血縁家族が持つ機能の一部、あるいは全体を担うことがあります。例えば、以下のような機能が挙げられます。
- 社会的孤立の解消と精神的支え: 定期的な交流や活動は、孤独感を軽減し、心理的な安心感や生きがいをもたらします。悩みを共有できる相手や、共に時間を過ごす仲間がいることは、精神的なウェルビーイングに大きく寄与します。
- 互助機能: 近隣住民による軽い見守りや声かけ、買い物代行、ゴミ出し支援など、日常生活におけるちょっとした助け合いが行われます。これは「インフォーマルサポート」と呼ばれ、フォーマルサービスを補完する重要な機能です。
- 情報交換と共有: 地域や生活に関する情報、福祉制度に関する情報などが、こうした繋がりの中で共有されることがあります。支援ニーズの早期発見につながる可能性もあります。
- ゆるやかな見守り: 定期的な活動への参加状況や、顔色の変化などから、本人の状況の異変に気づくことがあります。これは、特に一人暮らしの高齢者にとっては重要なセーフティネットとなり得ます。
内閣府の調査(令和5年版高齢社会白書など)でも、地域における人間関係の重要性や、社会参加活動が高齢者の健康や幸福度に関連することが指摘されており、非血縁を含む多様な繋がりが個人のウェルビーイングを高める上で欠かせない要素となっています。
非血縁の繋がりにおける課題と地域包括支援センターの関わり
一方で、非血縁の繋がりには課題も存在します。
- 関係性の脆さや距離感: 血縁のような強固な絆ではないため、関係性が変化しやすく、期待した支援が得られない場合や、トラブルに発展するリスクも存在します。
- 支援の限界と責任の所在: より専門的なケアや緊急時の対応が必要になった場合に、非血縁の繋がりだけでは限界があり、誰が責任を持つのか曖昧になることがあります。
- 悪意による搾取や虐待のリスク: 残念ながら、こうした繋がりの中に、個人の善意や弱みに付け込み、財産を奪うなどの悪意を持った人物が潜むリスクも否定できません。
- 特定の集団・活動への依存: 特定の繋がりや活動に過度に依存することで、かえって視野が狭まり、他の必要な支援から遠ざかってしまう可能性もあります。
これらの課題を踏まえ、地域包括支援センターには以下のような役割が求められます。
- 地域資源としての非血縁の繋がりの把握: 地域のどのような場所や活動で、どのような非血縁の繋がりが生まれているのかを積極的に把握し、マップ化するなど情報共有を進めることが重要です。
- アセスメントにおける視点の拡張: 相談者の「家族」関係を把握する際に、血縁だけでなく、近隣住民、友人、所属する団体・活動のメンバーなど、非血縁の重要な他者の存在や、そこでの関わりについても丁寧に聞き取る視点を持つことです。インフォーマルサポートの可能性や限界を見極めます。
- 非血縁の繋がりを育む場づくり・支援: 地域住民の自発的な活動によるサロンやカフェ、互助グループなどが継続できるよう、情報提供、場所の提供、専門職による助言、資金獲得支援などを行うことも有効です。
- 多職種・多機関との連携: 民生委員、自治会、NPO、ボランティア団体、企業など、地域の多様な主体と連携し、非血縁の繋がりを含む地域全体の支援ネットワークを強化します。
- リスクへの対応と権利擁護: 非血縁の繋がりの中で発生しうるトラブルや虐待のリスクに対し、見守りネットワークへの組み込み、権利擁護専門職との連携、本人への注意喚起など、予防と早期発見・対応に努めます。
- 本人の意思決定支援と情報提供: 血縁家族との関係性も含め、どのような人々と、どのような関係性を持ちたいのか、本人の意思を尊重した支援を行います。非血縁の繋がりにおけるメリット・デメリットや、他の利用可能なフォーマルサービスに関する正確な情報を提供し、本人自身がより良い選択ができるよう支援します。
まとめ:地域包括ケアシステムにおける「新しい家族」の視点
高齢化が進み、多様な家族形態が存在する現代社会において、地域における非血縁の繋がりは、個人の社会的孤立を防ぎ、ウェルビーイングを高める上で、血縁家族と同様に、あるいは血縁家族を補完するものとして、非常に重要な役割を担っています。
地域包括支援センターの社会福祉士は、従来の「家族」という概念に捉われず、地域に存在する多様な人間関係、特に非血縁の繋がりが持つ可能性に目を向け、これを地域資源として捉え、育成し、支援ネットワークに組み込んでいく視点が求められます。
これは、まさに地域住民一人ひとりが、血縁の有無に関わらず、多様な繋がりの中で自分らしく安心して暮らせる「地域共生社会」の実現に向けた取り組みそのものです。非血縁の繋がりが生み出す互助の力を最大限に引き出しつつ、その限界やリスクにも適切に対応していくことが、今後の地域包括支援における重要な課題となるでしょう。