地域から孤立しがちな高齢単身・夫婦のみ世帯への地域包括支援:デジタルデバイドの課題と実践的アプローチ
はじめに:高齢単身・夫婦のみ世帯の増加と新たな支援課題
日本の高齢化は進行し、単身高齢者や高齢者夫婦のみの世帯が増加しています。これらの世帯は、核家族化や地域のつながりの希薄化といった従来の要因に加え、近年急速に進む社会のデジタル化によって、新たな形の孤立リスクに直面しています。特に、デジタルデバイスの操作やオンラインサービスの利用に不慣れな方々、いわゆる「デジタルデバイド」の問題は、情報格差を生むだけでなく、社会参加や行政サービスの利用を困難にし、結果として地域からの孤立を深める要因となり得ます。
地域包括支援センターの支援専門職の皆様は、日々の業務の中で、このような複合的な課題を抱える高齢世帯への対応に頭を悩ませていることと存じます。本稿では、高齢単身・夫婦のみ世帯が直面するデジタルデバイドと地域からの孤立の実態を整理し、地域包括支援センターとして取り組むべき実践的なアプローチについて考察します。
高齢単身・夫婦のみ世帯が直面するデジタルデバイドと孤立の実態
高齢者を取り巻くデジタル環境は変化しており、スマートフォン利用率は増加傾向にありますが、総務省の通信利用動向調査などによると、特に75歳以上の後期高齢者においては、依然としてデジタルデバイスの所有率や利用率が低い傾向が見られます。また、デバイスを所有していても、複雑な操作やセキュリティへの不安から十分に活用できていないケースも少なくありません。
このデジタルデバイドは、以下のような形で地域からの孤立を助長する可能性があります。
- 情報アクセスの困難化: 自治体や公共機関からの情報発信、地域のイベント情報などがウェブサイトやSNSを通じて行われることが増え、これらの情報にアクセスできないことで、必要な支援や地域活動から取り残されるリスクが生じます。
- 社会参加機会の減少: オンラインでの趣味のサークルやコミュニティ活動が増える中で、デジタルツールを利用できないことが、新たな交流機会や社会との接点を持つことを妨げます。
- 行政サービス利用の障壁: オンラインでの手続き(住民票の申請、税金の支払いなど)や、新型コロナウイルスワクチン接種予約のような緊急性の高い手続きがオンライン中心で行われる場合、これらのサービスを利用できないことが生活上の大きな不便や不安につながります。
- 見守り・安否確認手段の限定: 家族や地域住民とのコミュニケーション手段が固定電話や対面中心となり、スマートフォンを活用した安否確認システムやオンラインでの見守りサービスの利用が進まない可能性があります。
- 消費者トラブルのリスク: インターネットやスマートフォンの操作に不慣れなことから、不審なメールや電話による詐欺被害に遭うリスクが高まることも指摘されています。
これらの課題は単独で存在するのではなく、高齢者の身体的な衰え、経済的な困難、近親者との死別といった要因と複合的に絡み合い、地域からの孤立を深刻化させます。
地域包括支援センターに求められる実践的アプローチ
デジタルデバイドとそれに伴う孤立という複合的な課題に対し、地域包括支援センターは地域における包括的な支援拠点として、以下のような多角的なアプローチを検討する必要があります。
1. アセスメントにおけるデジタル関連状況の把握
従来の生活状況や心身の状態に加え、対象者のデジタルデバイスの所有状況、インターネット利用経験、スマートフォンやPCへの関心、オンラインサービスへの抵抗感などをアセスメントに含めることが重要です。これにより、デジタルデバイドのリスクを早期に発見し、個別のニーズに応じた支援計画を立てることが可能となります。例えば、「スマートフォンを持っているが使い方が分からない」「家族がオンラインで手続きをしてくれるが、自分では何もできない」といった具体的な状況を把握することが、支援の第一歩となります。
2. デジタル活用支援とアナログ支援の融合
デジタルデバイドへの対応として、デジタルスキルの向上を支援することは有効ですが、それだけでは不十分です。
- デジタル活用支援:
- スマートフォンやタブレットの基本操作、LINEやメールの利用方法、オンライン会議ツール(Zoom等)の使い方に関する学習機会(地域住民向け講座など)の情報提供、必要に応じた同行や付き添い。
- 行政手続きのオンライン申請や、自治体ウェブサイトからの情報取得方法のサポート。
- デジタルツールを活用した地域の情報共有サービスや見守りサービスの紹介と導入支援。
- アナログ支援との融合:
- デジタルツールが利用できない方には、引き続き電話、郵便、回覧板、広報誌、対面での情報提供を併用・強化します。
- 地域の集会所やカフェなどを活用した、対面での交流機会や相談窓口を設けること。
- デジタル化が進む手続きについても、電話窓口や対面窓口が維持・周知されているかを確認し、必要に応じて代行や付き添いを行うこと。
重要なのは、デジタル利用を「強いる」のではなく、対象者の意向と状況に応じた多様な選択肢を提供し、デジタルを活用することで得られるメリットを具体的に示すことです。
3. 多様な主体との連携強化
デジタルデバイドと孤立の問題は、地域包括支援センター単独で解決できるものではありません。幅広い主体との連携が不可欠です。
- 自治体内部の連携: デジタル化推進部署、広報部門、高齢福祉課などと連携し、高齢者に分かりやすい情報提供方法やデジタル支援施策について協議します。
- 地域のNPO・ボランティア団体: 高齢者向けのデジタル講座を実施している団体や、地域の見守り活動を行っている団体と連携し、対象者へのサービス提供につなげます。
- ICT関連企業・携帯電話ショップ: 高齢者向けの操作サポートや、安価なデバイス・料金プランの情報を提供してもらうなど、協力関係を築きます。
- 地域住民: デジタルツールの操作に慣れている住民が、近所の高齢者に教えるといった互助の仕組みづくりを支援します。
- 社会福祉協議会、民生委員・児童委員: 地域のネットワークを活用し、孤立しがちな高齢者を発見し、必要な支援につなげるための情報共有や連携を強化します。
4. 地域住民への啓発と巻き込み
デジタルデバイドの問題は、高齢者本人だけの問題ではなく、地域全体で取り組むべき課題であることを啓発します。地域の集まりや広報誌などを通じて、デジタル化のメリット・デメリット、高齢者への声かけの重要性、地域の見守り活動への参加などを呼びかけます。特に、地域の若い世代や中年世代に対し、デジタルツールを介した家族や地域とのコミュニケーションを促すことの重要性を伝えることも有効です。
まとめ:包容的な地域社会の実現に向けて
高齢単身・夫婦のみ世帯が直面するデジタルデバイドと地域からの孤立は、現代社会の構造的な課題であり、地域包括支援センターにはこれらの複合的な問題に対する包括的かつ柔軟なアプローチが求められています。
重要なのは、高齢者一人ひとりの状況や意思を尊重し、デジタル活用支援とアナログ支援を適切に組み合わせること、そして地域内の多様な主体との連携を強化することです。デジタル化が進む社会においても、すべての人が必要な情報にアクセスでき、社会とのつながりを保ちながら安心して暮らせるよう、地域包括支援センターが核となり、包容的な地域社会の実現に向けた取り組みを推進していくことが期待されます。
日々の業務の中で、新しい技術や変化への対応に戸惑うこともあるかと存じますが、これらの課題に積極的に向き合うことが、多様な家族が暮らしやすい社会の実現に不可欠であると考えられます。