障害のある方がいるご家庭への地域包括支援:複合的ニーズへの対応と家族全体のウェルビーイング支援
障害のある方がいるご家庭への地域包括支援の現状と課題
地域包括支援センターは、高齢者の支援を主な業務としていますが、共生社会の実現が進む中で、障害のある方がいるご家庭への支援ニーズも高まっています。特に、障害のあるご本人だけでなく、そのご家族が高齢であったり、経済的な課題を抱えていたり、他の家族関係に複雑な背景があったりと、複合的な課題を抱えているケースが少なくありません。
障害のある方がいるご家庭の支援においては、障害福祉分野の専門機関との連携が不可欠ですが、地域包括支援センターの社会福祉士として、高齢者支援で培った包括的な視点をどのように活かし、多機関・多職種と連携しながら、ご本人とご家族全体のウェルビーイングを支えていくかが重要な課題となります。
この記事では、障害のある方がいるご家庭が抱えがちな複合的な課題を整理し、地域包括支援センターが果たすべき役割と、実践的な支援の視点について考察します。
障害のある方がいるご家庭が抱える複合的な課題
障害のある方がいるご家庭は、障害そのものによる課題に加え、様々な要因が重層的に絡み合い、支援を困難にしている場合があります。地域包括支援センターが関わる中で特に注意すべき課題としては、以下のような点が挙げられます。
-
「親亡き後」問題と親の高齢化:
- 障害のある方の親御さんが高齢化し、介護や支援の担い手としての体力が低下していく状況です。親御さん自身が高齢者サービスを必要とする場合もあり、老々介護や認認介護、ダブルケアのような状況に陥ることもあります。
- 親御さんが亡くなった後の本人の生活や支援体制について、家族内で十分に話し合えていない、あるいは具体的な情報やサポートが不足している場合があります。成年後見制度や遺言、信託などの法的な備えに関する情報提供や専門家への繋ぎも必要となることがあります。
- 厚生労働省の調査等でも、障害のある方の親の高齢化が進んでおり、「親亡き後」への不安は、ご本人だけでなく親御さんや他のご家族にとって深刻な課題であることが指摘されています。
-
きょうだい児への影響:
- 障害のあるご本人のきょうだい(主に未婚の場合)が、将来的なケアの担い手として過度な期待や負担を感じていたり、自身の人生設計に影響を受けていたりする場合があります。
- 幼少期からケアを担う「ヤングケアラー」としての一面を持つ場合や、成人してからも親御さんと共に、あるいは親御さん亡き後に主な支援者となるプレッシャーを感じることがあります。
- きょうだい児自身の精神的な負担や、自身のライフイベント(結婚、出産、転居など)との両立に関する課題が生じやすいです。
-
社会的な孤立:
- 家族がご本人のケアに追われ、地域や社会との繋がりが希薄になる場合があります。障害の種類や程度によっては、ご本人の社会参加が限定され、家族も一緒に孤立してしまうことがあります。
- 特に、精神障害のある方がいるご家庭や、外見からは障害が分かりにくいケースなどでは、周囲からの理解が得られにくく、孤立が深まることがあります。
-
経済的な負担:
- 医療費、福祉サービスの利用料、日中の活動費など、経済的な負担が大きくなる場合があります。
- 親御さんが仕事をセーブしたり、一方が専業でケアを担ったりすることで、世帯全体の収入が減少する要因となることもあります。
-
制度の狭間:
- 障害福祉制度と高齢者福祉制度、医療保険制度、介護保険制度などが縦割りになっており、複合的な課題を抱える家庭全体を包括的に支援する制度が不足している場合があります。
- ご本人は障害福祉サービスの対象でも、高齢の親御さんの介護や、きょうだい児の支援には直接的に繋がりにくいなど、制度の谷間が生じやすい構造があります。
地域包括支援センターの役割と実践的な支援の視点
これらの複合的な課題に対し、地域包括支援センターの社会福祉士は、その専門性と地域のネットワークを活かして、以下のような役割を果たすことが期待されます。
-
包括的・多角的なアセスメント:
- 障害のあるご本人に関する情報(障害種別、程度、サービス利用状況など)はもちろんのこと、同居・別居を問わずご家族全体の状況を丁寧にアセスメントすることが重要です。
- 親御さんの健康状態、介護の必要性、きょうだい児の年齢や生活状況、家族内のコミュニケーション、経済状況、地域の社会資源との繋がり、過去の支援歴などを多角的に把握します。
- 「親亡き後」に対する家族の意向や不安についても、早期に丁寧に聞き取りを行うことが、将来的な支援計画の土台となります。
-
多職種・多機関連携の推進:
- 障害福祉分野の相談支援専門員は、障害のあるご本人の支援計画を策定する中心的な役割を担います。地域包括支援センターは、相談支援専門員と密接に連携し、ご家族全体の視点を共有することが不可欠です。
- 地域の障害者施設、医療機関、教育機関、弁護士・司法書士、成年後見センター、地域の民生委員、ボランティア団体、家族会など、多様な社会資源や専門職とのネットワークを構築し、連携会議や事例検討会を積極的に開催することが有効です。
- 制度間の連携が必要な場合(例:障害福祉と介護保険サービスの併用、医療と福祉の連携)には、積極的に調整役を担います。
-
家族支援とウェルビーイングの視点:
- ご本人の支援と同時に、ご家族(特にケアラーである親御さんやきょうだい児)への直接的な支援も重要な役割です。
- ケアラー支援: 介護疲れや精神的負担の軽減のため、ショートステイやグループホーム体験などのレスパイトケアに関する情報提供や利用調整、相談支援を行います。ケアラー自身の健康管理に関する情報提供も有用です。
- きょうだい児支援: きょうだい児向けのピアサポートグループや情報提供の場(NPOなどが運営している場合が多い)に関する情報を提供したり、本人の意向を確認しながら必要に応じて専門機関に繋いだりします。きょうだい児自身の抱える課題に焦点を当てた支援が必要です。
- 「親亡き後」への備え: 親御さんとご本人が安心して将来を迎えられるよう、制度に関する情報提供(成年後見制度、グループホーム、入所施設など)や、必要に応じて関係機関を交えた話し合いの場を設ける支援を行います。
- 孤立防止: 地域のサロン活動やボランティアなど、ご本人やご家族が地域と繋がる機会に関する情報を提供し、参加を促す支援も行います。
事例に学ぶ実践的アプローチ
ある地域包括支援センターの事例では、高齢の母親が知的障害のある成人した息子(50代、独居)の生活を支えていましたが、母親自身の体調不良で入院が必要となりました。息子さんはこれまで母親に依存した生活を送っており、炊事や洗濯などの家事が十分にできませんでした。
このケースに対し、地域包括支援センターの社会福祉士は、まず母親の入院先の医療ソーシャルワーカー、息子さんの相談支援専門員、そして地域の民生委員と緊密に連携を開始しました。 包括的なアセスメントの結果、息子さんには一定の家事能力と、地域で生活したいという強い希望があることが分かりました。 息子さんには障害者総合支援法に基づく居宅介護サービスを、母親には退院後の生活を支えるための介護保険サービスをそれぞれ手配する一方で、地域包括支援センターはコーディネーターとして、息子さんが短期間、地域のグループホームを体験利用する機会を調整しました。これにより、息子さんは集団生活のルールや簡単な家事を学ぶことができ、母親も一時的にケアの負担から解放されました。 また、地域のボランティアグループと連携し、息子さんが週に数回、地域の集会所に通って他の住民と交流する機会を設けました。
この事例のように、地域包括支援センターが多角的な視点で家族全体の状況を把握し、既存の制度や地域のインフォーマルな資源を組み合わせることで、本人だけでなく家族全体の課題に対応できる可能性があります。
まとめ
障害のある方がいるご家庭への地域包括支援は、ご本人の障害に加えて、親の高齢化、きょうだい児への影響、経済的な課題、社会的な孤立など、複合的な課題への対応が求められます。 地域包括支援センターの社会福祉士は、障害福祉分野の専門機関と密に連携しつつ、ご家族全体の状況を包括的にアセスメントし、多職種・多機関とのネットワークを最大限に活かすことが重要です。 そして、ご本人だけでなく、ケアラーである親御さんやきょうだい児を含む家族全体のウェルビーイングを支えるという視点を常に持ち、制度の狭間にあるニーズにも柔軟に対応していくことが求められます。
日々の業務において、このような複合的なケースに直面した際には、既存の枠組みに捉われず、多角的な視点から課題を整理し、多様な社会資源を結びつける創造的なアプローチが、ご本人とご家族のより良い暮らしに繋がるでしょう。