ダブルケア家庭への地域包括支援センターの役割:育児と介護の両立を支える複合的アプローチ
はじめに
「ダブルケア」とは、育児と介護を同時に担う状態を指します。地域包括支援センターには、高齢者の介護に関する相談に加え、その方の家族が育児も行っているといった複合的な課題を抱えるケースの相談が増加傾向にあります。育児と介護はそれぞれ異なる制度やサービス体系に基づいているため、双方を同時に支援することには難しさ伴います。
この記事では、ダブルケア家庭が直面する特有の課題を整理し、地域包括支援センターがこれらの家庭に対してどのように包括的かつ複合的なアプローチを提供できるかについて、最新の動向や実践的な視点を交えて考察します。日々の業務で多様な家族形態への対応に課題を感じておられる社会福祉士の皆様にとって、ダブルケア家庭への支援の質向上の一助となれば幸いです。
ダブルケアの現状と課題
厚生労働省の調査等によると、全国にダブルケアを担う人々が一定数存在し、その多くが様々な負担感を抱えています。例えば、平成28年就業構造基本調査の追加的分析からは、育児と介護を同時に行っている人が約25万人いると推計されています。これらの人々は、時間的、精神的、経済的な負担に加えて、自身のキャリア形成の困難や健康問題にも直面しやすい状況にあります。
ダブルケア家庭が支援を求める際に障壁となるのが、育児支援と介護支援がそれぞれ異なる制度や窓口で提供されているという「制度の縦割り」です。利用可能なサービスに関する情報が断片的であるため、必要な情報へアクセスすること自体が困難な場合があります。また、自身の状況を正確に把握し、適切な支援を判断することが難しいといった課題も指摘されています。
地域包括支援センターは、高齢者とその家族を対象とした地域の包括的な支援拠点ですが、相談者が高齢者の家族であり、かつ育児も担っているダブルケア状態にある場合、その支援ニーズは高齢者ケアの枠を超えた多岐にわたります。地域包括支援センターの職員は、高齢者介護の専門知識に加え、育児に関する制度や支援についても一定の理解を持ち、両方の視点から複合的なアセスメントを行う必要があります。
地域包括支援センターに求められる複合的アプローチ
ダブルケア家庭への効果的な支援のためには、以下の視点からの複合的なアプローチが求められます。
-
包括的なアセスメント:
- 高齢者の介護ニーズだけでなく、家族(ケアラー)の育児状況、家族構成、経済状況、健康状態、心理状況などを統合的に把握することが重要です。
- 育児と介護、それぞれの場面でどのような課題や負担が生じているかを具体的に聞き取り、全体像を捉えます。
- ケアラー自身のニーズや希望、利用可能な社会資源に関する情報へのアクセス状況を確認します。
-
制度の組み合わせと柔軟な活用:
- 介護保険サービス、医療保険、障害福祉サービスといった高齢者向けのサービスに加え、児童福祉サービス、子育て支援サービス(保育サービス、ファミリー・サポート・センター、一時預かりなど)、雇用保険の育児・介護休業給付など、育児に関連する様々な制度やサービスを組み合わせる視点が必要です。
- 自治体独自の支援策や、NPOなどが提供するインフォーマルなサービスに関する情報も収集し、提案します。
-
多職種・多機関連携:
- 介護支援専門員、医療ソーシャルワーカー、保育士、教員、児童相談所、企業の担当者、ハローワーク、経済的支援を行う部署(生活困窮者自立支援機関など)といった、育児と介護それぞれに関連する専門職や機関との連携が不可欠です。
- 連携会議やケース検討会を通じて、情報共有と役割分担を明確にし、一体的な支援体制を構築します。
-
地域資源の活用とネットワーキング:
- 地域のNPO、ボランティア団体、自助グループ(ピアサポートグループ)、民生委員・児童委員など、フォーマルサービスを補完する地域の資源を発掘し、ダブルケア家庭につなげることが有効です。
- ダブルケア当事者が孤立しないよう、同じような経験を持つ人々と交流できる場や情報提供のネットワークを構築する取り組みも重要です。
実践事例からの示唆(プライバシーに配慮した仮想事例)
-
事例1:育児と親の介護を担うAさんのケース Aさんは未就学の子を育てながら、遠方に住む親の介護を始めました。介護休業を取得しましたが、親の症状が不安定で、育児との両立に大きな負担を感じていました。地域包括支援センターが相談を受け、まず親の介護サービス(訪問介護、ショートステイ)の調整を支援しました。同時に、Aさん自身の育児に関する情報収集をサポートし、地域のファミリー・サポート・センターへの登録を勧めました。さらに、企業の担当者と連携し、勤務形態に関する相談に応じました。多角的な支援により、Aさんの負担感は軽減され、育児と介護を続けるための見通しを持つことができました。
-
事例2:障がいのある子のケアと配偶者の親の介護を担うBさんのケース Bさんは障がいのある学齢期の子を育てながら、同居する配偶者の親の介護も行っていました。子のケアと親の介護に加え、仕事も続けており、経済的な不安も抱えていました。地域包括支援センターは、まずBさんの状況を包括的にアセスメントし、経済的支援制度に関する情報を提供しました。また、子の障害福祉サービスの利用状況を確認し、必要に応じて見直しを提案しました。さらに、地域で活動するケアラー支援団体や、同じような状況の保護者が交流できるピアサポートグループを紹介し、心理的な孤立を防ぐための支援を行いました。
これらの事例は、ダブルケア家庭への支援が、単一の制度やサービスに留まらず、様々な社会資源を複合的に組み合わせ、多機関が連携することによって効果を発揮することを示唆しています。
最新動向と今後の展望
国は「地域共生社会」の実現を目指し、制度や分野を越えた包括的な支援体制の構築を進めています。令和2年度から開始された「重層的支援体制整備事業」は、相談内容や対象者を限定せず、地域住民の複合的な課題に対応できる包括的な支援体制の構築を目指しており、ダブルケア家庭のような制度の狭間に陥りやすいケースへの対応強化が期待されます。
また、ヤングケアラーの問題が社会的に認知されるにつれ、ダブルケア家庭における「子」がケアラーとなるリスクへの配慮も重要視されています。地域包括支援センターは、ダブルケア家庭への支援を通じて、その家庭内のヤングケアラーの早期発見・支援につなげる役割も担うことができます。
テクノロジーの活用も今後の支援において重要な要素となるでしょう。AIやICTを活用した情報提供システムや、オンラインでの相談・交流プラットフォームなどが開発されれば、ダブルケア当事者の情報収集の負担軽減や孤立防止に貢献する可能性があります。
まとめ
ダブルケア家庭への支援は、地域包括支援センターにとって、今後ますます重要となるテーマです。育児と介護という異なる側面を持つ課題に対し、既存の制度やサービスを複合的に組み合わせ、多機関・多職種が連携する包括的なアプローチが求められます。
日々の業務において、相談者が抱える課題が育児と介護の両方に関連している可能性を常に意識し、単なるサービス紹介に留まらず、その家庭全体の状況を丁寧にアセスメントすることが第一歩となります。また、地域の様々な社会資源に関する情報を常にアップデートし、活用できるネットワークを広げることが、より実践的で効果的な支援につながるでしょう。
地域包括支援センターが中心となり、地域全体でダブルケア家庭を支える体制を構築していくことが、多様な家族が暮らしやすい社会を実現するための一歩となると考えられます。