ひきこもりがある家族への地域包括支援:本人だけでなく家族全体のウェルビーイングを高めるために
はじめに
ひきこもりは、単に特定の個人が社会参加から遠ざかっている状態ではなく、多くの場合、その家族全体に影響を及ぼす複合的な課題です。内閣府の調査によれば、広義のひきこもり状態にある方は、40歳から64歳までで約61.3万人、15歳から39歳までで約54.1万人と推計されており、長期化・高年齢化の傾向が指摘されています(内閣府「生活状況に関する調査」(令和元年、令和4年)より)。
地域包括支援センターの社会福祉士として、私たちは高齢者支援を中心に活動していますが、高齢者の家族がひきこもり状態にある場合や、中年期のひきこもり本人とその高齢の親(「8050問題」など)に関する相談を受ける機会も少なくありません。これらのケースでは、本人の課題に加え、家族が抱える精神的疲弊、孤立、経済的困難、将来への不安など、多岐にわたる問題が複雑に絡み合っています。
本記事では、ひきこもりがある家族全体を支援対象として捉え、地域包括支援センターの社会福祉士が実践できる包括的なアプローチについて考察します。本人への直接的な関わりが難しい場合でも、家族への適切な支援を行うことで、間接的に本人の状況改善につながる可能性や、家族自身のウェルビーイングを高めることの重要性に焦点を当てます。
ひきこもりがある家族が抱える課題
ひきこもり状態にある方がいる家族は、様々な課題に直面しています。主なものとして以下が挙げられます。
- 精神的・身体的疲弊: 長期間にわたる家族のケアや、将来への不安、社会からの孤立感などから、精神的に疲弊し、身体的な不調を抱える家族は少なくありません。
- 孤立とスティグマ: ひきこもりは社会的に理解されにくい側面があり、家族も周囲に相談できず孤立を深める傾向があります。「育て方が悪かったのではないか」といった自責の念や、偏見への恐れから問題を隠そうとすることもあります。
- 経済的困難: 本人が無職である場合が多く、親や他の家族が経済的に支える必要があります。親が高齢になると、年金収入だけでは生活が厳しくなることもあります。医療費や相談機関の費用なども負担となることがあります。
- 家族関係の緊張: コミュニケーションの困難や、家族内で意見が対立することなどから、家族関係に緊張が生じることがあります。他の兄弟姉妹への影響も課題となることがあります。
- 将来への不安: 本人の将来(経済的な自立、親亡き後など)に対する漠然とした、あるいは具体的な不安は、家族にとって非常に大きな負担となります。
これらの課題は複合的に発生するため、単一の支援では解決が難しい場合が多く、家族全体を包括的に捉える視点が必要です。
地域包括支援センターにおけるアセスメントの視点
ひきこもりがある家族からの相談を受けた際、社会福祉士は以下の点をアセスメントすることが重要です。
- 本人の状況: ひきこもりの期間、年齢、原因と考えられること、日中の活動状況、健康状態、過去の通院歴や支援機関の利用歴など。ただし、本人への直接的なアセスメントが難しい場合は、家族からの聞き取りが中心となります。
- 家族の状況:
- 相談に来た家族: 相談者の心身の状態、疲弊度、現在の生活状況、支援を求める具体的なニーズ、過去の支援機関への相談経験の有無。
- 他の家族: 本人の同居家族や別居家族(兄弟姉妹など)の状況、本人との関係性、家族間のコミュニケーションの状況、家族によるこれまでの関わり方とその効果。
- 家族のストレングス: 家族が持つ力や支え合える関係性、地域とのつながり、趣味や仕事など、支援の糸口となりうる要素。
- 生活環境: 経済状況、住環境、地域の社会資源へのアクセス状況。
- 多機関連携の可能性: 過去に医療機関や専門機関に繋がったことがあるか、今後繋がりうる機関はどこか。
特に、アセスメントにおいては、家族の「語り」を丁寧に傾聴し、共感的な姿勢を示すことが信頼関係構築の第一歩となります。家族が抱える感情(不安、焦り、怒り、諦めなど)を受け止めることが重要です。
家族への具体的な支援方法
地域包括支援センターとして、ひきこもりがある家族に対して以下のような支援が考えられます。
- 相談・傾聴: 家族が安心して話をできる場を提供します。家族の感情を受け止め、抱え込んでいる問題を整理する手助けを行います。定期的な面談や電話での継続的な関わりが有効な場合もあります。
- 情報提供: ひきこもりに関する正しい知識、相談機関(ひきこもり地域支援センター、精神保健福祉センター、保健所、専門医療機関、家族会など)の情報、利用可能な公的サービス(障害福祉サービス、精神科デイケア、就労移行支援、生活保護、成年後見制度など)について、家族のニーズに合わせて分かりやすく提供します。
- 休息支援: 家族が疲弊している場合、ショートステイやレスパイトケアなど、一時的に休息を取れる制度やサービスの情報を提供し、利用を支援します。家族自身の健康維持も重要な支援の一つです。
- ピアサポートへの橋渡し: 同じ悩みを持つ家族同士が交流できる家族会への参加を促します。家族会は、経験を共有し、精神的な支えを得られる貴重な場となります。地域の家族会や、特定の疾患・状況に対応した家族会の情報を提供します。
- 多機関連携の調整: 家族の同意のもと、本人の状況や家族のニーズに応じて、ひきこもり地域支援センター、精神科医療機関、福祉事務所、ハローワーク、就労支援機関、教育機関など、関係機関との連携を図ります。合同ケース会議の開催や、情報共有の円滑化を支援します。
- 家族向けのプログラム紹介: ひきこもりの理解を深め、家族の関わり方を学ぶことができるペアレントトレーニングや家族教室などの情報を提供します。
本人への支援が直接的に進まない状況であっても、まずは家族への支援を丁寧に行うことが、状況を打開するための重要な一歩となり得ます。家族が安定し、適切な知識を得ることで、本人への接し方が変わり、小さな変化に繋がる可能性も生まれます。
多機関連携の重要性
ひきこもり支援は、地域包括支援センター単独で完結することはほとんどありません。様々な専門機関との連携が不可欠です。
- ひきこもり地域支援センター: ひきこもりに関する専門的な相談、訪問支援、居場所支援などを行っており、重要な連携先となります。
- 精神保健福祉センター: 精神科医や精神保健福祉士などが在籍し、専門的な医療・福祉相談や情報提供を行います。
- 医療機関: 本人の精神疾患や身体疾患の可能性を考慮し、受診を促す場合の連携先となります。
- 福祉事務所(ケースワーカー): 経済的困窮や生活保護、その他の福祉サービス(障害福祉サービスなど)の利用調整に関わります。
- 就労支援機関: 本人が就労意欲を示した場合や、家族の就労に関する相談に対応します。
- 地域のNPOや民間団体: ひきこもり経験者が運営する居場所、訪問支援、家族支援など、多様なサービスを提供している場合があります。
- 家族会: 家族同士の支え合いのネットワークとして極めて重要です。
地域包括支援センターは、これらの多様な機関と家族との間に立ち、適切な機関へと繋ぐハブとしての役割や、多機関が連携して支援を進める上での調整役を担うことが期待されます。連携においては、それぞれの機関の専門性や役割を理解し、情報共有のルールを明確にすることが重要です。
結論
ひきこもりは、本人だけの問題ではなく、その家族全体に深く関わる複合的な課題です。地域包括支援センターの社会福祉士として、私たちは高齢者の家族支援の経験で培った包括的な視点と多機関連携のノウハウを活かし、ひきこもりがある家族が抱える多様なニーズに応えることができます。
まずは家族の相談に丁寧に耳を傾け、その疲弊や孤立を受け止め、安心できる関係性を築くことから始まります。そして、家族が必要とする情報を提供し、適切な社会資源や専門機関へ繋ぐ支援を行います。本人への直接的な介入が難しい状況でも、家族への継続的なサポートは、家族自身のウェルビーイング向上に寄与するだけでなく、長期的な視点で見れば、本人の状況改善に向けた環境を整えることにも繋がります。
ひきこもり支援は、短期的な成果が出にくい困難なケースも少なくありませんが、粘り強く、家族に寄り添いながら、利用可能な社会資源を最大限に活用し、多機関と連携して支援を継続していくことが求められます。本記事が、地域包括支援センターの皆様が、ひきこもりがある家族への支援に取り組む上での一助となれば幸いです。